こんにちは。障害年金の受給を応援している社会保険労務士の小川早苗です。このサイトでは障害年金の受給に関する様々な情報をお伝えしています。
今回は、障害年金の初診日をリセットできるかもしれないというお話です。
初診日は変えられないのが原則
障害年金の受給において、初診日がいつなのかは非常に重要な意味を持ちます。
初診日に加入していた制度によって障害厚生年金の対象になるか障害基礎年金だけの対象になるかが決まります。障害厚生年金なら3級までありますが、障害基礎年金は2級までしかありません。配偶者を扶養しているときの加算があるのも障害厚生年金だけです。
また、初診日によっては保険料納付要件を満たせず、受給を諦めなければならないことがあります。
初診日の詳しい意味は下の記事で解説していますが、原則は「障害の原因となった傷病について初めて医師等の診療を受けた日」です。自分の好きな日に変更することはできません。
ところが、社会的治癒が認められると初診日が変わることがあるのです。
社会的治癒とは
社会的治癒とは、本人の救済のために考え出された社会保険法上に特有の概念です。
社会保険の運用上、傷病が医学的には治癒に至っていない場合でも、予防的医療を除き、その傷病について医療を行う必要がなくなり、相当の期間、通常の勤務に服している場合には、「社会的治癒」を認め、治癒と同様に扱い、再度新たな傷病を発病したものとして取り扱うことが許されるものとされており、当審査会もこれを是認している(以下省略) 引用:平成26年(厚)第892号 平成27年9月30日裁決
すなわち、社会的治癒とは、医学的には治癒していなくても、社会生活を行うのに問題なく過ごせていた期間が一定以上あることが客観的に認められれば、いったんは治癒したと見なし、以前と同じ疾患が再び生じても新たな傷病を発病したものとみなすという考え方のことです。
社会的治癒が認められると初診日が変わる
社会的治癒が認められるとどうなるのでしょうか。
上で述べたように、社会的治癒が認められると「新たな傷病を発病した」とみなされます。すると、その後に受診した日が新たな初診日に変わります。
これは本人が社会的治癒を主張し、なおかつ社会的治癒が認められた場合に適用になります。したがって、本人が何も主張しなければ、原則どおり当初の初診日が障害年金の初診日になります。
社会的治癒が認められる条件とは
社会的治癒が認められる条件は明示されていませんが、今までの判例等の積み重ねによって以下の3条件が必要だと言われています。
- 症状が消失または安定して、特段の療養の必要がない
- 長期的に自覚症状や他覚症状に異常が見られない
- 通常の社会生活が、ある程度の期間にわたって継続できている
社会的治癒とされるのに必要な年数は概ね5年程度が目安といわれていますが、明確な基準はありません。病気などによっては5年未満でも社会的治癒とみなされるケースもありますが、精神障害の場合は短期間での例はあまりありません。
条件① 療養の必要がなかったこと
社会的治癒だと判断されるには、病気やケガの状態が落ち着いており、治療を行う必要がない状態だったことを客観的に証明する必要があります。
自己判断で通院や服薬をやめていただけでは、治療を行う必要がない状態だったかどうか判断できません。
治療を行う必要がない状態だったことを客観的に証明するのに最もよい方法は、診断書に、治療を行う必要がない期間があったことを医師に記載してもらうことです。
例えば、過去の通院から再発後の通院までの空白期間を明記して、空白期間に受診していなかった理由が病態の寛解・軽快であることが記載されていると有力な証明になり得ます。
条件② 自覚症状・他覚症状がなかったこと
自覚症状がないことはもちろんのこと、第三者から見ても、病気やケガが回復していたことが分かる状態だったことを客観的に証明する必要があります。
例えば、難易度の高い資格に合格した、スポーツジムに長期間通っていた、海外旅行に行ったなど、請求しようとしている障害の状態が悪ければ困難と思われることが社会的治癒の期間には出来ていた、といことを証明できる資料があると効果的です。
あるいは下の条件③にも共通するような資料でも良いでしょう。
条件③ 通常の社会生活を送っていたこと
正社員として仕事をしていたり、家事などをスムーズに行っていたり、社会生活に支障なく過ごせる状態が一定期間続いていたことを客観的に証明する必要があります。
同一の勤務先で仕事を続けていて昇給・昇進していたこと、大きなプロジェクトのリーダーに抜擢されて成功したこと、PTA活動を積極的に行っていたこと、地域の役員として町内会活動をしていたこと、遅刻や欠勤などがなく雇用され続けていたことなど、客観的に示せるものを用意しましょう。
社会的治癒を主張するときの注意点
社会的治癒の主張は、申請時に提出する書類によって行います。追加の資料を添付するとともに、既定の提出書類にも注意すべき点があります。
- 「年金請求書」には、社会的治癒後の(再発後の)初診日を記入する。
- 「受診状況等証明書」は、社会的治癒後の(再発後の)初診日を証明するものとする。
- 「病歴・就労状況等申立書」には、医学的な初診日(当初の初診日)からすべてを記入したうえで、社会的治癒を申立てる期間について、上記の3条件を満たしていたことが分かるように記入する。
- 3条件を満たしていることを裏づける「資料」を添付する。
「病歴・就労状況等申立書」には、①最初の発病の時の様子 ②その後軽快してからの社会的治癒とする期間についての様子 ③再燃後の様子 これらをすべて書きますが、特に②の社会的治癒とする期間についてどのように過ごしていたかを詳しく書くようにしましょう。
社会的治癒は必ず認められるとは限らない
障害年金の初診日をリセットする方法として、社会的治癒を主張する方法を解説しました。
しかし、社会的治癒が認められるかどうかを判断するのは審査機関です。明確な判断基準はなく、個別の状況を踏まえて審査されます。様々な資料を添付して申請しても、必ずしも社会的治癒が認められるとは限りません。
なお、社会的治癒は、あくまでも本人の救済のために考えられた概念であり、審査機関側が社会的治癒の概念を持ち出して本人に不利益な取り扱いをすることはできないとされています。
逆に言えば、社会的治癒と考えられるような期間があってそれを援用したほうが有利だと思ったら、自ら主張する必要があります。