こんにちは。障害年金の手続きを応援している社会保険労務士の小川早苗です。このサイトでは障害年金に関する様々な情報をお伝えしています。
今回は、障害年金の初診日が変えられるかもしれない「社会的治癒」に関するお話です。
初診日は変えられないのが原則
障害年金の受給において、初診日は非常に重要な意味を持ちます。
それは、初診日が障害年金の支給要件に関係しているからです。
障害年金の支給を受けるには、「初診日」「保険料納付」「障害程度」という3つの支給要件を満たす必要があります。この3つの支給要件のうち、初診日はなんと「3つの支給要件のすべて」に関係しています。
例えば、初診日に加入していた制度によって、障害厚生年金の対象になるか障害基礎年金だけの対象になるかが変わります。
障害厚生年金なら3級までありますが、障害基礎年金は2級までしかありません。配偶者を扶養しているときの加算があるのも障害厚生年金だけです。
また、初診日によっては保険料納付要件を満たせず、障害年金が支給されないこともあります。
初診日の詳しい意味は下の記事で解説していますが、その定義は「障害の原因となった傷病について初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日」です。
障害年金における初診日の正しい意味をご存じですか?過去に、障害の原因となった傷病について診療を受けたことがあるのであれば、その日が初診日です。過去を変えることはできませんから、、初診日を自分の好きな日にすることはできません。
ところが、社会的治癒が認められると初診日が変わることがあるのです。
社会的治癒とは
障害年金の初診日において、「過去の傷病が治癒し、同一の傷病で再度発症(再発)した場合は、再発し医師等の診療を受けた日」というルールがあります。
これは医学的に治癒した場合です。医学的に治癒し、その後に再発した場合は、再発後の受診日が障害年金上の初診日になります。
社会的治癒とは、医学的には治癒していない場合に、本人の救済のために考え出された社会保険法上に特有の概念です。
社会的治癒について法令上の明確な定義はありませんが、いくつかの裁決例で以下のように述べられています。
社会保険の運用上、傷病が医学的には治癒に至っていない場合でも、予防的医療を除き、その傷病について医療を行う必要がなくなり、相当の期間、通常の勤務に服している場合には、「社会的治癒」を認め、治癒と同様に扱い、再度新たな傷病を発病したものとして取り扱うことが許されるものとされており、当審査会もこれを是認している(以下省略)
引用:平成26年(厚)第892号 平成27年9月30日裁決
すなわち、社会的治癒とは、医学的には治癒していなくても、社会生活を行う上で問題なく過ごせていた期間が一定以上あることが客観的に認められれば、いったんは治癒したと見なし、以前と同じ疾患が再び生じても新たな傷病を発病したものとみなすという考え方のことです。
社会的治癒が認められると初診日が変わる
社会的治癒が認められるとどうなるのでしょうか。
社会的治癒が認められると、医学的には治癒していなくても「いったん(社会的には)治癒して、新たな傷病を発病(再発)した」とみなされます。
すると、その後に受診した日が新たな初診日に変わります。
ここで注意点があります。
社会的治癒は、本人が社会的治癒を主張し、かつ、主張した社会的治癒が認められた場合に適用になる、ということです。
つまり、本人が何も主張しなければ、原則どおりの初診日が障害年金の初診日になります。
社会的治癒が認められる条件とは
社会的治癒について法令上の明確な定義はないことから、社会的治癒が認められる条件は明示されていません。
ただし、今までの判例等の積み重ねによって、以下の3条件が必要だと言われています。
- 特段の医療の必要がなかったこと
- 症状が長期的に消失または安定していたこと
- 通常の社会生活が、ある程度の期間にわたって継続できていたこと
【条件1】特段の医療の必要がなかったこと
社会的治癒だと判断されるには、病気やケガの状態が落ち着いており、医療を行う必要がない状態であったことが必要です。
自己判断で通院や服薬をやめていただけでは、医療を行う必要がない状態だったかどうか判断できません。
医師の指示で通院や服薬を中断したなど、客観的な証明が必要です。
【条件2】症状が長期的に消失または安定していたこと
自覚症状がないことはもちろんのこと、他覚的な症状が長期的に消失または安定していたことが必要です。
内科的疾患であれば、検査数値が数年にわたり正常の範囲内であったことが確認できると有力です。
精神疾患であれば、正社員として就労し何らかの責任者をしていたり、医師国家試験に合格していたりなど、症状が安定していないと成し遂げられないようなことができていたことが分かる資料が求められます。
【条件3】ある程度の期間にわたり通常の社会生活を送っていたこと
特段の医療が必要なかったり、症状が消失・安定していたときがあったとしても、それが短期間では社会的治癒があったとは認められにくいです。
社会的治癒とされるのに必要な年数は概ね5年程度が目安といわれています。
ただし、これには明確な基準はありません。5年未満でも社会的治癒とみなされるケースもありますし、5年より長い期間であっても認められないケースもあるようです。
社会的治癒を主張するときの書類の準備
社会的治癒を主張して、障害年金を請求する際には、以下の点に注意しましょう。
- 「年金請求書」には、(社会的治癒後の)再発の初診日を記入する。
- 「受診状況等証明書」は、(社会的治癒後の)再発の初診日を証明するものとする。
- 「病歴・就労状況等申立書」には、医学的な初診日(当初の初診日)からすべてを記入する。
- 3条件を満たしていることを裏づける「資料」を添付する。
「病歴・就労状況等申立書」には、①最初の発病の時の様子 ②その後軽快してからの社会的治癒とする期間についての様子 ③再発後の様子 これらをすべて書きます。(①や②の期間に関する記入を省略できるわけではありません。)
特に②の社会的治癒とする期間についてどのように過ごしていたかを詳しく書くようにしましょう。
社会的治癒は必ず認められるとは限らない
障害年金の初診日が変更になるかもしれない方法として、社会的治癒を主張する方法について解説しました。
社会的治癒が認められるかどうかを判断するのは、審査機関です。社会的治癒に関する明確な判断基準はなく、個別の状況を踏まえて審査されます。
様々な資料を添付して主張しても、必ずしも社会的治癒が認められるとは限りません。
なお、社会的治癒は、あくまでも本人の救済のために考えられた概念であり、審査機関側が社会的治癒の概念を持ち出して本人に不利益な取り扱いをすることはできないとされています。
逆に言えば、社会的治癒と考えられるような期間があり、それを主張したほうが有利だと判断されるようなケースでは、自ら主張する必要があります。